2023年12月21日木曜日

黄帝針経の基本としくみ(2)

  針経とは何か

 針経とは何か?それは勿論,私たちが普通に『霊枢』と呼んでいる書物のことである。この書物には,古来さまざまな名前が有って,ごく初期には巻物として九つであったことから,『九巻』と呼ばれた。

 次いで針術の経典という意味で,『針経』という名前が登場する。

 晋代には『甲乙経』が成って,序文に『素問』九巻『針経』九巻が云々される。『甲乙経』には,経文としての本文と,経文と同じ大きさの文字の引用文が有る。この大字引文の標示は,あいかわらず『九巻』である。『太素』の楊上善注でも,まだ『九巻』である。

 そして最後に,『素問』の王冰の序や注文に至って始めて,『針経』と並んで『霊枢』が登場し,以後は普遍的に用いられる。道教臭のきつい名に定まったわけだが,それは『素問』や『太素』だって同じようなもので,時代の嗜好ということであろう。 

 献上されたのは針経 校刊されたのは霊枢

 北宋の政府が,校正医書局を設けて,諸医書の整理をおこなおうとしたとき,この書物もその対象に挙げられてはいた。ところが当時すでに,『針経』も『霊枢』もまともな本は失われていて,残念ながら根拠とするものが無かった。そこで,近隣の高麗国に遺存の奈何を問い,結果として『黄帝針経』が献呈された。おかげで,簡単ながら校正され,校刊され,またまた失われかけたときには,成都の史崧が家蔵の旧本『霊枢』九巻を提供したという。高麗から献呈されたものが『針経』であったのに,どうして校刊されたのは『霊枢』なのか。ちょっとした謎である。いずれにせよ現在通行の『霊枢』は,高麗献呈本から史崧を経て伝わったものである。

 ところで,南宋の王応麟の『玉海』に引用された『中興館閣書目』には,『針経』は九針十二原篇を,『霊枢』は精気篇を首篇とすると言っている。これもまたこの書物が本来は『針経』だという主張の根拠である。


1 件のコメント:

  1.  論文集か経典著作か

     『針経』『素問』編撰と流伝の謎を解く
      黄龍祥:中華医史雑誌2020年第50巻第2期
       拙訳:季刊内経No.220

    【提要】
     伝世本『霊枢』『素問』の編纂思想に対する発掘を整理を通して,両者は一つの完結した書物の二つの部分であることが明らかになった。両者の性質,関係は『霊枢』は内篇であり,理論創新の作であって,叙述の方法は「撰」を主とする。『素問』は外篇であり,臨床応用と資料整理のものであって,叙述の方法は「編」を主とする。内,外篇はいずれも前漢の晩期から後漢に至る間に成り,作者はかつて長期にわたって国家の蔵書機構に任職した一流の学者である。宋以前には外篇の流伝がより広く,内篇の流伝は極めて限られた。両者の伝承過程中に,内容に亡佚および添補,篇次の錯乱さらには人為の調整が有ったが,総体的に論ずれば,真を失った程度は大きくない。特に内篇『霊枢』においてそうである。……

    返信削除