2024年4月27日土曜日

黄帝針経の基本としくみ(20)

 根結第五 法音

 いきなり「岐伯曰」で始まる段落と,問答の辞の無い段落と,黄帝と岐伯が問答する二つの段落からなる。

岐伯曰天地相感寒暖相移隂陽之道孰少孰多隂道偶陽道奇,發于春夏隂氣少陽氣多隂陽不調何補何寫發于秋冬陽氣少隂氣多隂氣盛而陽氣衰,故莖葉枯槁,雨下歸隂陽相移何寫何補奇邪離經不可勝數不知根結五藏六府折關敗樞開闔而走隂陽大失不可復取九針之玄要在終始故能知終始一言而畢不知終始針道咸絶

太陽根于至隂結于命門命門者目也陽明根于厲兊結于顙大顙大者鉗耳也少陽根于竅隂結于窓蘢窓蘢者耳中也太陽為關陽明為闔少陽為樞折則肉節殯而暴病起矣故暴病者取之太陽視有餘不足皮肉宛膲而弱也闔折則氣無所止息而痿疾起矣故痿疾者取之陽明視有餘不足無所止息者眞氣稽留邪氣居之也樞折即骨繇而不安於地故骨繇者取之少陽視有餘不足骨繇者節緩而不收也所謂骨繇者揺故也當窮其本也

太隂根于隱白結于大倉少隂根于湧泉結于廉泉厥隂根于大敦結于玉英絡于膻中太隂為關➀,厥隂為闔少隂為樞故關折則倉廩無所輸膈洞膈洞者取之太隂視有餘不足故開折者氣不足而生病也闔折即氣絶而喜悲悲者取之厥隂視有餘不足樞折則脉有所結而不通不通者取之少隂視有餘不足有結者皆取之

➀關:『霊枢』は「開」に作る。關の俗字「閞」の誤り。『太素』に拠って改める。殯:『霊枢』は「瀆」に作る。『太素』に拠って改める。➂有結者皆取之:『霊枢』には下に「不足」二字が有るが,『甲乙』『太素』には無い。拠って削る。

玉英は玉の誤りではないか

『干禄字書』には策の俗とある。そして俗字の竹冠はしばしば艸冠と同じものだとすれば,荚もまた策の俗である。策はもと竹製のムチだが,その形状から馬王堆の房中書ではしばしば玉策として,男陰をさす。玉は無論のこと美好の意。乃ち足の厥陰はまさしく前陰の脈である。普通には玉英は玉堂穴のことというけれど,足の親指から一端玉英穴まで上って,それからわずかとはいえ下がって膻中穴を絡うというのはおかしい。

経脈根結

 身体を家屋の関闔枢になぞらえて説明する。「関」はかんぬき,門戸をとざす横木,「闔」は門のとびらの板そのもの。「枢」は戸を開閉する軸,くるる。

 四季の移り変わりにつれて,陰陽の気は消長する。しかも季節はずれの邪気は規則に順わず,その変化をことごとく知ることは困難である。もし五蔵六府を根結するの理を知らず,関闔枢に異常を生じて,陰陽を破綻させたならば,もう手の施しようがなくなるだろう。だから,「九針の要は終始に在り」とある。諸家はL09終始に載せてあるという意味だというが,そのような内容は終始には無い。おそらくは,終始は乃ち根結である。関闔枢の機能が正常であるかどうかが問題であり,根(始)を診て結(終)の状態を判断する方法が試みられたのであろう。

 先ず三陽の根結を説明する。

 

 

折則

足太陽

至陰

命門(目)

 

肉節殰而暴病起

足陽明

厲兌

顙大(鉗耳)

 

気毋以所止息而痿疾

足少陽

竅陰

窓籠(耳中)

 

枢折而骨繇

 命門は目なり。L52衛気にも同様にある。『難経』36難にいう生命の根本とは異なる。

 顙大は鉗耳なり。顙大はよく分からない。顙上の誤りであるとする意見に従って,陽明が結するコメカミ辺りでつまり耳の上ということにすれば,これはL10経脈で完成する経脈説にも叶っている。顙は額である。ただL52衛気では陽明の標は上に在って頏顙を挟むという。頏顙といえばノドボトケの辺りの鼻に通じる二つの孔のことらしい。目,耳ときて口をいうのも釣り合いは悪くない。L09終始の後にある凡刺之禁のさらに後半に,三陰三陽の終わりについての記事がある。そこでも三陽の終わりには,太陽では目,少陽では耳,陽明では口の問題が起きる。それでは鉗耳とは如何なる意味か。鉗は単にきつく挟むという意味だとすれば,コメカミ辺りで,つまり耳の上に結することになり,耳とは格別な関係は無い。

 窓籠は耳中なり。すなわち耳に結するのは足少陽である。

 機能障害の際の状況から判断すれば,三陽は身体の輪郭をなす組織の連なりと考えられる。太陽は背の大筋であり,異常を起こせば肉節がかがまりやつれて弱まる。陽明は前面であるというだけでなく,足陽明が消化器系を主どり気を供給するという認識も影響してのことだろうが,異常を起こせば痿疾となると言う。少陽は側面であり,身体のバランスを保つ役目を果たしているから,異常を起こせばふらつく。

 次いで三陰の根結を説明する。

 

 

折則

足太陰

隠白

大倉

 

倉稟無所輸鬲洞

足少陰

涌泉

廉泉

 

気弛而喜悲

足厥陰

大敦

玉策

膻中

有所結而脈不通

 三陰は三陽を裏打ちしているわけだが,体内の器官と結ぶようでもある。

                                (関)

                                足太陽

                                足太陰    

(枢)足少陽    足厥陰                 足厥陰 足少陽(枢)

                                足少陰    

                                足陽明

                                (闔)

 

太陰は胃に結する。大倉は中脘穴の一名として『甲乙』に見えるが,ここは胃という部位と考えたい。不調であれば膈塞(みぞおちのつまり)洞泄(つつくだし),これは水穀を輸送する役目からだろう。

 少陰は喉に結する。廉泉も経穴名ではなく喉の部位だろう。不調であれば脈が結ぼれて通じない。

 厥陰は胸に結する。

 

 

折則

足太陽

至陰

命門(目)

 

肉節殰而暴病起

足陽明

厲兌

顙大(鉗耳)

 

気毋以所止息而痿疾

足少陽

竅陰

窓籠(耳中)

 

枢折而骨繇

足太陰

隠白

大倉

 

倉稟無所輸鬲洞

足少陰

涌泉

廉泉

 

気弛而喜悲

足厥陰

大敦

玉策

膻中

有所結而脈不通

 

足太陽根于至隂溜于京骨注于崑崙入于天柱飛揚也足少陽根于竅隂溜于丘墟注于陽輔入于天容光明也足陽明根于厲兊溜于衝陽注于下陵入于人迎豐隆也手太陽根于少澤溜于陽谷注于少海入于天窓支正也手少陽根于關衝溜于陽池注于支溝入于天牖外關也手陽明根于商陽溜于合谷注于陽谿入于扶突偏歷也此所謂十二經者盛絡皆當取之

根流注入

 手足の三陽の根流注入のみであり,入は頚部と絡である。身体という構造物の上下という点からは,井―輸―経or合―頚部はわかるが,絡穴を持ち出した理由がわからない。

 

 流

 

足太陽

至陰

京骨

 

崑崙

 

天柱  飛揚

足少陽

竅陰

丘墟

 

陽輔

 

天容  光明

足陽明

厲兌

衝陽

 

 

下陵

人迎  豊隆

手太陽

少沢

 

陽谷

 

少海

天窓  支正

手少陽

関衝

陽池

 

支溝

 

天牖  外関

手陽明

商陽

合谷

 

陽溪

 

扶突  偏歴

 

 経

 

頚部  絡

 

盛絡皆当取之

 手足三陽経脈の治療には,いずれもみな盛絡を取ると解すれば,鋒針が主要な針であった時代には,怒張する細絡を取って,おそらくは出血させたのであろう。L07官針で「病が五蔵に在って固居するものは,取るに鋒針を以て,井滎分輸においてす」とも何らかの関係が有りそうに思う。

 しかし,入るツボが頚部の天をいただくツボと絡穴である理由がわからない。盛絡と絡穴,その「絡」字の意味が異なるのでは無いか。そもそも根流注する根本のツボと,入の結標のツボの上下のつながりに過ぎなかったものに,絡脈も経脈以外に行くつくところが有るとして接続したか。

一日一夜五十營以營五藏之精不應數者名曰狂生所謂五十營者五藏皆受氣持其脉口數其至也五十動而不一代者五藏皆受氣四十動一代者一藏無氣三十動一代者二藏無氣二十動一代者三藏無氣十動一代者四藏無氣不滿十動一代者五藏無氣予之短期要在終始所謂五十動而不一代者以為常也以知五藏之期予之短期者乍數乍踈也

脈口診

 脈口で診て,五十動しても途切れることがないのが正常であり,それに満たないで途切れることがあれば十動足りないごとに一蔵の気がないのであって,十動もしないで途切れるようでは五蔵ともに気がないのであるから死期が迫っている。

 この記述がどうして此処にあるのかが分からない。また,この段の文章が何故に『太素』では人迎脈口診中にあるかも,ちょっと不思議な気がする。ただ,48禁服に「寸口は中を主り,人迎は外を主る」とある。寸口と脈口は同じ。五蔵が気を受けるかどうかはは内部の問題である。だから脈口で診る。別に人迎と比較しようというのではない。

黃帝曰逆順五體者言人骨節之小大肉之堅脆皮之厚薄血之清濁氣之滑濇脉之長短血之多少經絡之數余已知之矣此皆布衣匹夫之士也夫王公大人血食之君身體柔脆肌肉軟弱血氣慓悍滑利其刺之徐疾淺深多少可得同之乎

岐伯荅曰膏梁菽藿之味何可同也氣滑即出疾其氣濇則出遲氣悍則針小而入淺氣濇則針大而入深深則欲留淺則欲疾以此觀之刺布衣者深以留之刺大人者微以徐之此皆因氣慓悍滑利也

膏梁菽藿の味

 血食は,先祖の霊がいけにえを食べる意で,祖先が子孫のまつりを承ける。つまり,相当な身分を世襲するもの。ただし,郭靄春『霊枢経校注語訳』には食肉に作るべきとする。膏梁は,あぶらづいた肉と米の飯,贅沢な食物。菽藿は,豆と豆の葉,粗末な食物。食べるものが異なれば,人の体質も違ってくる。

黃帝曰形氣之逆順柰何

岐伯曰:形氣不足,病氣有餘,是邪勝也,急寫之。形氣有餘,病氣不足,急補之。形氣不足,病氣不足,此隂陽氣俱不足也,不可刺之,刺之則重不足,重不足則隂陽俱竭,血氣皆盡,五藏空虛,筋骨髓枯,老者絶滅,壯者不復矣。形氣有餘,病氣有餘,此謂隂陽俱有餘也,急寫其邪,調其虛實。故曰:有餘者寫之,不足者補之,此之謂也。故曰:刺不知逆順,眞邪相搏。滿而補之,則隂陽四溢,腸胃充郭,肝肺内䐜,隂陽相錯。虛而寫之,則經脉空虛,血氣竭枯,腸胃辟,皮膚薄著,毛腠夭膲,予之死期。故曰:用針之要,在于知調隂與陽,調隂與陽,精氣乃光,合形與氣,使神内藏。故曰上工平氣,中工亂脉,下工絶氣危生,故曰:下工不可不愼也。必審五藏變化之病,五脉之應,經絡之實虛,皮之柔麤,而後取之也。

形気と病気

 形気は皮肉筋骨すなわち形の気であり,病気は三陰三陽の経気が異常をおこして病んだ気である。したがって,病気の不足とは経気の過剰,病気の不足とは経気の衰弱であろう。治療方針は当然異なる。

 L04邪気蔵府病形にも「風と寒は形を傷ない,憂恐忿怒は気を傷う。気が蔵を傷なえば乃ち蔵を病み,寒が形を傷なえば乃ち形に応ずる。風は筋脈を傷なえば,筋脈が乃ち応ずる。これ形と気,外と内の相応なり」という。

腸胃充郭 肝肺内䐜

 両句は対を為すはずである。腸胃は内の府の代表,肝肺は内の蔵の代表。どうして特に肝肺なのかはよく分からないが,21寒熱病に肝肺相愽,81癰疽に内熏肝肺,S20三部九候論に蔵之肝肺などとある。


 

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